いびき 睡眠時無呼吸症候群と交通事故

2003年 新幹線のオーバーランで有名に

日本で初めてSASと交通事故の関連性が注目されたのは、2003年に山陽新幹線がオーバーランした事件です。運転手が8分間居眠りして操作を誤りましたが、幸いなことに死傷者は出ませんでした。後にこの運転手はSASと診断されました。この事件以降、特に運転職の人々に対するSASのスクリーニング(早期発見のための検査)が必要だという認識が広まり、多くの人々が検査を受けるようになりました。しかし、検査結果を適切に評価し、治療につなげる方法、またSASの治療中の人々の運転適性をどう判断するべきかなど、まだ解決すべき問題が残っています。

いびき 睡眠時無呼吸症候群 チェック

エプワース眠気尺度(Epworth sleepiness scale:ESS)が主流

眠気を評価するための一般的な方法として、「エプワース眠気尺度(Epworth sleepiness scale:ESS)」というツールがよく使われます。これは、自分自身の日常生活を思い返し、8つの特定の状況においてどれだけ眠くなるかを4段階で評価するものです。これは主観的な指標ではありますが、これほど簡単で実用的な方法はなかなか見つかりません。

一方、客観的な眠気の指標として「反復睡眠潜時検査(multiple sleep latency test:MSLT)」があります。これは、眠気が強いほど眠りやすく、眠りに落ちるまでの時間が短くなることを利用したものです。これは、「眠気」よりも「眠りやすさ」を測る指標と言えます。

実際の運転や運転シミュレーターを使った実験は、現実の交通事故リスクをかなり近く評価することができます。しかし、このような実験結果とMSLTとの間にはあまり強い関連性は見られません。つまり、MSLTで測定した「眠りやすさ」と、実際の運転での事故リスクとは必ずしも一致しないということです。

いびき 睡眠時無呼吸症候群と交通事故の関連を示す疫学調査

いびき 睡眠時無呼吸症候群は働き方改革法と関連がある

眠気と交通事故の関連性を全世界的に研究することが初めて始まったのは、1988年にFindleyらが行った調査からで、彼らは29名の睡眠時無呼吸症候群(SAS)患者と35名の健康な人々とを比較しました。その結果、SAS患者の交通事故リスクは健康な人々の7倍であり、24%のSAS患者は週に1回以上運転中に居眠りしてしまっていたと報告しました。

その後の多くの研究でも、SAS患者は一般の人々に比べて交通事故を起こすリスクが高いことが一貫して報告されています。さらに、18の観察研究を対象としたメタ解析では、SASと交通事故のリスクの関連性が1.21~4.89倍と増加傾向にあることが確認されました。

交通事故を起こす可能性のあるSAS患者の特徴としては、肥満(BMIが高い)、睡眠時無呼吸の回数が多い(AHIが高い)、酸素飽和度が低いことなどが挙げられます。しかし、これらの指標は交通事故リスクを完全に予測するには不十分であると示唆されています。実際、自覚的な眠気が高くない人でも重度のSASが存在し、その結果、自己過信から事故を繰り返すこともあります。

また、SAS以上に重要なのは、睡眠時間が6時間以下であることが運転事故の大きな予測因子であるという報告もあります。これは、SASだけでなく、睡眠時間の不足にも注意を払う必要があるということを示しています。日本人は、世界的に見ても睡眠時間が短いとされており、睡眠不足や不適切な睡眠習慣からくる眠気を感じる人は多いのです。

そして、健康な大人を対象とした研究で、覚醒状態を28時間維持すると、アルコールを飲んだ時と同等レベルの能力の低下が起きるとされています。長距離運転のドライバーや長時間勤務が必要な職種では、十分な休息時間や勤務間の休憩時間を確保することが重要です。2019年に施行された「働き方改革関連法」では、休憩時間の確保が企業の努力義務とされています。

いびき 睡眠時無呼吸症候群と法律

自動車運転死傷行為処罰法により規定される 最長15年の懲役刑

2014年の道路交通法改正により、運転に影響を及ぼす可能性のある疾患についての規定が整備されました。これにより、統合失調症やてんかん、再発性の失神、自覚せずに起きる低血糖、鬱病、認知症、アルコール中毒といった疾患、そして「重度の眠気の症状を呈する睡眠障害」が運転免許の取得や更新を拒否される、または免許が取り消される理由となる疾患として明確に挙げられました。

警察庁のホームページには、運転免許の申請者や更新者に対する質問票が公開されています。これには、「過去5年以内に十分な睡眠時間を取っているにも関わらず、日中に週に3回以上眠ってしまったことがあるか?」といった質問や、「医師から運転免許の取得または運転を控えるように助言を受けたことがあるか?」といった質問があります。これらの質問に虚偽の記載や報告をした場合、1年以下の懲役または30万円以下の罰金が科せられます。

さらに、道路交通法では医師が患者が運転に影響を及ぼす可能性のある疾患に該当することを知ったとき、その診察の結果を公安委員会に報告することが可能とされています。この点については、日本医師会が2014年にまとめたガイドラインに記載されています。ただし、この報告は医師の裁量に任されており、義務ではありません。

さらに、2014年に刑法から危険運転致死傷罪が削除され、新たに自動車運転死傷行為処罰法により規定されることになりました。この改正により、「幻覚や発作を伴う病気の影響により運転に支障が生じる恐れがある状態で運転した場合」も危険運転致死傷罪の対象となり、最高刑は懲役15年となりました。この法律が眠気運転による事故に初めて適用されたのは2018年の事例で、重度の眠気により意識が朦朧とした状態で運転し、事故を起こした人物が逮捕されました。

いびき 睡眠時無呼吸症候群との関連が疑われた 交通事故事例

2003年の山陽新幹線のオーバーラン事故や2012年の関越自動車道のツアーバス事故がニュースで報じられたことにより、日本で睡眠障害が交通事故の原因になるという認識が広まりました。しかし、これらの事故を起こした運転手たちは、事故時点では睡眠障害と診断されていませんでした。

新幹線の運転士は自分が眠気を感じていなかったと主張し、起訴されませんでした。一方、ツアーバスの運転手は、不眠症であり、眠気を感じていたにもかかわらず適切な対策をとらなかったため有罪となりました。いくつかの報道では、このツアーバス事故は「睡眠障害の影響で運転手が突然眠り込んだ」ことが原因だと強調されましたが、事故の全貌を捉えているわけではありません。

2010年に千葉県で起きた交差点事故は、2008年時点で重度の睡眠障害と診断されていた患者が起こしました。運転手は赤信号を見落として事故を起こしましたが、この運転手は無罪となりました。原因とされた睡眠障害が突然睡眠に陥るものだからで、赤信号に注意する義務を履行することが不可能だったとされたからです。

しかし、比較的最近、2019年8月に横浜市営地下鉄の事故では、全員が3年に一度の睡眠障害の検査を受けている運転手が事故を起こしました。運転手は2年前の検査で軽度の睡眠障害とされていましたが、事故後の検査で重度の睡眠障害であることが判明しました。現在の簡易的な検査では、このような事例を完全に避けることは難しいでしょう。

したがって、睡眠障害の検査はあくまで疑いの一部を示すものであり、重度の症状を正確に判定することは難しいと理解する必要があります。また、CPAP(連続気道陽圧療法)などの治療を始めた患者に対しては、運転の許可を出すかどうかの判断は、睡眠障害の有無や重度だけで決めることはできません。患者の日常の睡眠習慣、仕事環境、他の病状やストレスなど、多くの要素を総合的に考慮する必要があります。

運輸業界におけるいびき 睡眠時無呼吸症候群チェック

2003年3月に交通省から「睡眠時無呼吸症候群(SAS)に注意しましょう」というマニュアルが公開され、これによりSASの検査が段々と広まってきました。しかし、それでもSASが原因と思われる交通事故はなくなっていません。2015年8月には、自動車運送業者向けに「SAS対策マニュアル」が作成されました。このマニュアルは、SASの検査の準備から結果のフォローアップまで、全体の流れを簡潔に説明しています。

2010年に初めて公開され、2014年に更新された「事業用自動車の運転者の健康管理マニュアル」では、運転手の健康チェックの一部として、SASに関する質問をすることが推奨されています。また、運転に影響を及ぼす可能性がある病気として、脳や心臓の病気、統合失調症、てんかん、再発性の失神、無自覚性の低血糖症、うつ病、認知症、アルコール中毒、そして「重度の眠気の症状を呈する睡眠障害」が挙げられています。

健康管理の一環として、体重や血圧の記録に加えて、睡眠・飲酒・服薬状況を記録し、それを管理者と共有することが示されています。これは、「健康経営」という考え方と一致しており、従業員の健康管理を会社の経営視点から考えるものです。

2018年6月には、旅客自動車運送事業の規則が改正され、運転手に対する健康チェックで「睡眠不足」でないかどうかを確認することが義務付けられました。睡眠不足の運転手を会社が働かせてはいけないため、会社としても運転手が十分に休めるように労働時間を見直す必要があります。

この改正を受けて作成された「トラックドライバー睡眠マニュアル」では、運転中の眠気への対処法や適切な休憩の取り方など、運転業務と睡眠についての情報がまとめられています。また、健康チェック時の確認ポイントも、昼間の運転手と夜間の運転手で分けて詳しく説明されています。

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