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糖尿病の薬はどう選ばれ、どう変わっていくのか
HbA1c目標の考え方・薬を選ぶ5つの要素・シックデイの注意点まで、一人ひとりに合わせた治療の理由を解説
2026.07.16 更新
「糖尿病の薬がまた増えました。悪くなっているのでしょうか……」——外来でよくいただくご質問です。実は、糖尿病の薬は「効かなかったら次」と機械的に足していくものではなく、お一人おひとりの体の状態に合わせて選ばれています。薬が増えたり変わったりしても、それだけで病気が急に悪化したことを意味するわけではありません。この記事では、糖尿病の薬がどのような考え方で選ばれるのかを、患者さんとご家族の目線で分かりやすくご説明します。
本記事は、医師向け専門誌『ドクターサロン』70巻7月号(2026年6月)の対談「糖尿病の内服治療」(聖路加国際病院 内分泌代謝科部長・能登 洋 先生)で示された論点を参考に、日本糖尿病学会の診療ガイドライン・薬物療法アルゴリズムおよびPMDAの電子添文(添付文書)を確認したうえで、当院が患者さん向けに独自に構成したものです。
治療の目標(HbA1c)は、一人ひとり違います
糖尿病治療の目的は、単に血糖値を下げることだけではありません。高血糖による体の負担を改善するとともに、腎臓・心臓・目・神経などの合併症を防ぎ、糖尿病のない方と変わらない生活の質と寿命を目指すことにあります。その目安となるのがHbA1c(ヘモグロビン・エーワンシー:過去1~2か月の血糖の平均を反映する検査値)です。
日本糖尿病学会では、妊娠中を除く成人についての一般的な目安として、おおむね次の3段階が示されています。
- 6.0%未満……低血糖などの副作用なく、安全に達成できる場合の目標
- 7.0%未満……合併症予防のための一般的な目標
- 8.0%未満……治療の強化が難しい事情がある場合の目標
大切なのは、この数字が全員共通ではないということです。妊娠中の方の目標は、これとは別に設定されます。
また、65歳以上の方では、認知機能、日常生活の自立度、併せ持っている病気、低血糖を起こしやすい薬を使っているかどうかなどをふまえて、目標をよりきめ細かく設定します。低血糖を起こしやすい薬を使っている場合には、「下げすぎない」ための下限の目安も合わせて設定されます。これは「高齢だから目標をゆるめてよい」という意味ではなく、その方にとって安全で意味のある範囲を個別に決める、ということです。
数字だけを見て一喜一憂せず、「自分の目標がなぜこの値なのか」を主治医と共有しておくことが、治療を続けるうえでの安心につながります。
食事と運動は治療の土台——ただし、薬を急ぐべき場合もあります
糖尿病治療の土台は、いつの段階でも食事療法と運動療法です。診断されてすぐ薬が始まるとは限らず、まず生活習慣の見直しから取り組み、経過を見ることも多くあります。
一方で、「薬は必ず後回し」というわけではありません。血糖値が著しく高い場合や、のどの渇き・尿の量が多い・急に体重が減ったといった症状がある場合、脱水が疑われる場合などには、早い段階から飲み薬やインスリンによる治療が必要になることがあります。1型糖尿病が隠れていることもあるためです。判断は数値だけで機械的に行うのではなく、症状や全身の状態を含めて総合的に行われます。当院でも、専門的な治療が急がれると判断した場合には、地域の専門医療機関へ速やかにご紹介しています。
薬はどう選ばれる?——「決まった順番」ではなく「その人の状態」から
「1剤目はこれ、2剤目はこれ」という全員共通の順番があるわけではありません。日本糖尿病学会の「2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム」でも、次のような要素を段階的に検討して薬を選ぶ考え方が示されています。
薬を選ぶときに検討される主な要素
- 体の状態(病態)……肥満やインスリン抵抗性(インスリンの効きにくさ)があるか、インスリンを出す力がどの程度残っているか
- 安全性……腎機能・肝機能、低血糖の起こしやすさ、禁忌(使ってはいけない条件)に当たらないか
- 併せ持っている病気……心不全、慢性腎臓病(CKD)、動脈硬化による心血管の病気などがあるか。ある場合、それらに良い効果が期待できる薬が優先されることがあります
- 続けやすさ……服用回数、生活時間との相性、飲み忘れのしにくさ、費用、ご本人の希望
- 年齢と生活……認知機能、日常生活動作、フレイル(心身の虚弱)や筋肉量、栄養状態
同じHbA1cの値でも、選ばれる薬が人によって違うのはこのためです。「隣の人と薬が違う」ことは、どちらかが間違っているのではなく、それぞれの体に合わせた結果なのです。
よく使われる糖尿病治療薬と、それぞれの特徴
ここでは、日本の診療でよく使われる代表的な治療薬の特徴をご紹介します。飲み薬を中心に、治療を考える際によく話題になる注射薬も含めて取り上げます。あくまで一般的な特徴であり、どの薬が適するかは上でご説明した要素をもとに個別に判断されます。
| 薬の種類 | 主な働き | 知っておきたい特徴・注意点 |
|---|---|---|
| DPP-4阻害薬 | 血糖が高いときにインスリンの分泌を助ける | 単独では低血糖が少なく、体重への影響が比較的小さい。1日1回や週1回で済む製剤もある。腎機能が低下した方にも使いやすい薬が多いが、用量調整の要否は薬剤ごとに異なる |
| メトホルミン(ビグアナイド薬) | 肝臓で糖が作られるのを抑え、インスリンの効きをよくする | 長年の使用実績がある重要な薬。少量から始めて体調を見ながら調整する。腎機能が高度に低下した方(eGFR 30未満)には使用できないなど、条件の確認が必要(詳しくは下の注意欄) |
| SGLT2阻害薬 | 尿から糖を出して血糖を下げる | 一部の薬剤では、心不全の悪化や慢性腎臓病の進行を抑える効果が示されており、これらの病気がある方では早い段階から候補になることがある。脱水や感染症などへの注意が必要(詳しくは下の注意欄) |
| GLP-1受容体作動薬・GIP/GLP-1受容体作動薬 | 血糖が高いときにインスリン分泌を促し、食欲を抑える | 注射薬と飲み薬がある。体重減少が期待でき、肥満のある方では比較的早い段階から検討されることもある。飲み薬には特別な服用条件がある(詳しくは下の解説)。吐き気・便秘などの消化器症状に注意 |
| SU薬(スルホニル尿素薬) | インスリンの分泌を強く促す | 血糖を下げる力が比較的強い一方、低血糖と体重増加に注意が必要。インスリンを出す力や年齢、腎機能、食事量、低血糖時に対応できるかなどを含めて慎重に選ばれる |
このほかにも、食後の血糖上昇をゆるやかにするα-グルコシダーゼ阻害薬やグリニド薬、インスリンの効きをよくするチアゾリジン薬、比較的新しいイメグリミンなどがあり、食後血糖の状態、体質、合併症などに応じて選択されます。
メトホルミンを服用中の方へ——大切な注意点
こんなときはご相談ください
- 発熱、下痢、嘔吐が続くとき、食事がとれないとき(シックデイ)……脱水になると、乳酸アシドーシスという重い副作用の危険が高まります。このようなときは、メトホルミンはいったん服用を中止し、主治医へご相談ください。再開の時期はご自身で判断せず、主治医の指示に従ってください。元気なうちに、体調を崩したときの連絡先と対応を主治医と確認しておくと安心です
- ヨード造影剤を使う検査(造影CT検査など)を受けるとき……原則として検査前にメトホルミンを一時中止し、造影剤を使った後48時間は再開しないこととされています。実際の中止・再開の時期は、検査を行う医療機関と処方医の指示に従ってください。他院で検査を受ける際は、メトホルミンを服用中であることを必ずお伝えください
- お酒を多く飲む習慣のある方……過度の飲酒は副作用の危険を高めるため、正直にご相談ください
- 腎機能……定期的な血液検査(eGFR)での確認が欠かせません。腎機能が高度に低下した場合は使用できません
SGLT2阻害薬を服用中の方へ——大切な注意点
知っておいていただきたいこと
- 尿の量が増えるため、脱水に注意が必要です。ただし、心不全や腎臓病などで水分のとり方を指示されている方は、自己判断で飲水量を増やさず、主治医にご確認ください
- 尿に糖が出るため、膀胱炎などの尿路感染症や、陰部の感染症が起こりやすくなります。感染を繰り返している方では、使用するかどうか慎重に判断します。排尿時の痛みやかゆみなどがあれば早めにご相談ください
- ごくまれに、血糖がそれほど高くなくてもケトアシドーシスという重い状態が起こることがあります。服用中に、吐き気や嘔吐、腹痛、強いだるさ、息苦しさなどが現れたときは、次の予約日を待たずに医療機関へご相談ください。食事がとれないとき、感染症のとき、手術の前後、極端な糖質制限をしているときは特に注意が必要で、一時休薬が検討されます
- 体重を減らす作用があるため、痩せ型の方や高齢の方では、低栄養や筋肉量の低下(サルコペニア)につながらないか、体重や食事量を見ながら慎重に使います
- 一部の薬は糖尿病がなくても心不全や慢性腎臓病の治療薬として使われています。循環器科や腎臓内科で同じ系統の薬が処方されていないか、お薬手帳での確認がとても大切です
GLP-1受容体作動薬について、もう少し詳しく
GLP-1受容体作動薬(およびGIPとGLP-1の両方に働くタイプ)には、注射薬と飲み薬があります。
飲み薬の経口セマグルチドには、効果を発揮させるための特別な服用条件があります。1日の最初の食事や飲水の前に、空腹の状態で、コップ約半分(約120mL以下)の水とともに服用し、服用後少なくとも30分間は、飲食や他の飲み薬の服用を避ける必要があります。錠剤を割ったり、砕いたり、かみ砕いたりしてはいけません。こうした条件が生活リズムに合うかどうかも含めて、相談しながら選びます。
DPP-4阻害薬とは作用の仕組みが重なるため、通常は併用せず、切り替えを検討します。両者を併用した場合の有効性・安全性は確認されておらず、学会の治療ガイドでも併用は行わないとされています。
高齢の方や食事量の少ない方では、吐き気・嘔吐・便秘・下痢などの消化器症状に加え、急に体重が減った場合には、筋肉量や栄養状態が落ちていないかの確認も大切です。
飲み忘れたとき・体調が悪いときの一般的な原則
薬の種類や処方内容によって正しい対応は異なるため、この記事で「こう飲めばよい」という個別の方法をお伝えすることはできません。そのうえで、多くの場合にあてはまる一般的な原則をご紹介します。
一般的な原則
- 飲み忘れに気づいても、原則として、飲み忘れた分と次の分をまとめて飲まないでください
- 飲み忘れたときの対応は、薬の種類・服用回数・次の服用までの時間によって異なります。あらかじめ主治医または薬剤師に「忘れたときはどうするか」を確認しておきましょう
- 普段の薬を、自己判断で増量したり、追加したり、長期間中断したりしないでください。飲みにくさや飲み忘れが続くときは、我慢せず診察時にお聞かせください。処方の工夫で解決できることが多くあります
- 発熱・下痢・嘔吐・食事がとれないなどの体調不良時(シックデイ)には、薬によって一時的なお休みが必要になるものがあります。すべての薬を中止するという意味ではありません。あらかじめ主治医から受けた指示に従い、対応が分からない場合は、飲み続けたり追加で飲んだりする前に、主治医または薬剤師へご相談ください
高齢の方の糖尿病治療——「続けられるシンプルさ」が体を守ります
老年医学・認知症診療に携わる立場から、特にお伝えしたいことがあります。高齢の方の糖尿病治療では、「理論上ベストな処方」よりも「確実に、安全に続けられる処方」のほうが、結果的に体を守る場面が本当に多いのです。
高齢の方の治療で、当院が大切にしている視点は次のとおりです。
- 重症低血糖を避けることを特に重視する。高齢の方の低血糖は、転倒や骨折、心臓への負担、認知機能への影響につながります
- 食事量や体調の変動をこまめに確認する。食が細くなってきたのに薬がそのままだと、低血糖の危険が高まります
- 認知機能と服薬管理の力を確認する。飲み忘れが増えてきたら、それはご本人の努力不足ではなく、処方を見直すサインです
- 腎機能を定期的に確認する。加齢とともに腎機能は変化し、使える薬や量が変わることがあります
- フレイル・転倒・サルコペニアを防ぐ。血糖の数字だけでなく、筋肉・栄養・活動量を含めて全身を診ます
- 服用回数を減らす、配合薬(複数の成分が1錠になった薬)にまとめる、一包化するなど、処方を整理する
- ご家族や介護者の支援体制も含めて、無理のない治療を一緒に決める
📚 糖尿病についてもっと詳しく知りたい方へ
当院では、糖尿病の基礎知識から最新治療、合併症予防まで、テーマ別の解説記事をまとめたガイドページをご用意しています。
週1回のインスリン治療について知りたい方は「週1回のインスリン(イコデク)と高齢者の糖尿病治療」もご覧ください。
まとめ——薬の選び方には、あなたの体に合わせた理由があります
糖尿病の薬は、決まった順番で機械的に増えていくものではなく、体型や病態、腎機能、心臓や腎臓の病気の有無、低血糖のリスク、生活スタイル、費用、そしてご本人の希望を総合して、一人ひとりに合わせて選ばれています。
薬が増えたり変わったりしても、それだけで病気が急に悪化したことを意味するわけではありません。血糖目標の達成、心臓や腎臓への利益、低血糖の回避、服薬の続けやすさなどを考えた調整である場合があります。気になるときは、「なぜこの薬なのか」を、どうぞ遠慮なく主治医に聞いてみてください。理由が分かると、治療は「やらされるもの」から「自分の体を守るための選択」に変わります。
当院は神経内科・老年医学の視点も合わせて、お一人おひとりの生活に合った続けやすい治療を考え、専門的な糖尿病医療が必要な場合には地域の専門医療機関と連携しながら診療にあたっています。
※この記事は一般的な医療情報の提供を目的としたものであり、個別の診断や、特定の薬の服用方法・休薬方法を示すものではありません。お薬の飲み方や体調に関する具体的なご相談は、必ず主治医または薬剤師にご確認ください。
参考資料
- 日本糖尿病学会 編・著『糖尿病診療ガイドライン2024』(糖尿病治療の目標、血糖降下薬による治療、高齢者の糖尿病に関する各章)
- 日本糖尿病学会「2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム(第2版)」『糖尿病』2023年、66巻10号、715頁~
- 日本糖尿病学会・日本老年医学会 合同委員会「高齢者糖尿病の血糖コントロール目標」
- PMDA(医薬品医療機器総合機構)掲載 メトホルミン塩酸塩製剤の電子添文
- PMDA掲載 経口セマグルチド製剤の電子添文
- PMDA掲載 各SGLT2阻害薬、GLP-1受容体作動薬・GIP/GLP-1受容体作動薬などの電子添文
- 『ドクターサロン』70巻7月号(2026年6月)「糖尿病の内服治療」19~23頁
